「手を当てることから生まれる、患者さんとご家族の時間」
緩和ケア病棟では、週に一度、鍼灸師による鍼灸マッサージを行っています。
鍼灸やマッサージは、痛みやこり、だるさなど、身体の症状をやわらげるためのものと思われるかもしれません。もちろん、それも大切な役割です。けれども、緩和ケア病棟で行われる「手当て」には、身体だけでなく、心やご家族とのつながりを支える意味もあるように感じています。
がんや治療の影響で、痛み、だるさ、食欲の低下、冷え、眠れなさなど、さまざまな不調が重なることがあります。身体のつらさは少しずつ心にも積み重なり、心の不調はまた身体のこわばりや疲れとして現れます。東洋医学では、心と身体を別々ではなく、互いに深く関わり合うものとして見てきました。まさに「心身一如」です。
手当ては、その心と身体のあいだに、そっと触れる行為です。
手を当てられることで、身体の緊張が少しゆるむことがあります。冷えていた手足が温かく感じられたり、表情が穏やかになったり、呼吸が静かになったりすることもあります。病気を消すことはできなくても、つらさを抱えている身体に、「ひとりではない」という感覚を届けることができます。
また、手当ては患者さんだけのものではありません。ご家族にとっても、大切な意味を持つことがあります。
医療者にとって病棟は日常の場ですが、ご家族にとって、病や死は普段の生活ではできるだけ考えずに過ごしてきた非日常の世界です。緩和ケア病棟に来ても、何を話せばよいのか、どう接すればよいのか、戸惑われることがあります。
そんなとき、手を握る、背中に手を置く、足をさする、冷えた手を包む。
そうした手当ては、ご家族にもできます。
手を当てることで、ご家族は患者さんの身体の現実に触れます。
「こんなに痩せてしまったんだ」
「こんなに冷たくなっているんだ」
そう感じることは、つらい実感でもあります。けれども、見るだけでは受け止めきれなかった現実に、手を通して少しずつ触れていく時間でもあります。
そして、手当ては現実を突きつけるだけでは終わりません。
患者さんが「気持ちいい」と言ってくださることがあります。表情が少しゆるむことがあります。手を握り返してくださることがあります。
その瞬間、ご家族は、ただ弱っていく身体に触れているのではなく、今もここにいる、その人に触れているのだと感じます。
病気が進むと、できなくなったことが増えていきます。けれども、手当ての場では、まだ届くものがあります。まだ伝わるものがあります。まだつながることができます。
患者さんとご家族は、これまで長い時間をともに過ごしてこられました。手を当てるという小さな行為の中に、その積み重ねてきた時間が静かに立ち上がることがあります。昔の思い出、言えなかった感謝、心の奥にしまっていた言葉が、ふとよみがえることもあります。
手当てとは、単に手を使ったケアではありません。
身体のつらさをそっとやわらげること。心の緊張を少しほどくこと。ご家族が病と死の現実に少しずつ触れていくこと。そして、患者さんとご家族が、これまでつないできた関係を、もう一度身体を通して感じ合うことです。
緩和ケアは、病気だけを見る医療ではありません。
その人の身体、心、人生、そして大切な人とのつながりを支える医療です。
私たちは、手当てから生まれる静かな時間を大切にしたいと思っています。
東洋医学科部長 板倉 英俊

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