神奈川県のがん情報について

神奈川県では、県内における悪性新生物(がん)の情報を継続的に収集し、登録・管理しています。神奈川県立がんセンターはこの事業の実施機関として県より事務委任を受け、400以上の県内医療機関から届けられたがん情報を一括管理しています。
がん登録により得られた情報を活用することで、どの年代の人にどのようながん検診を実施するのが効果的かを検討したり、自治体としてどのようながん対策に力を入れていくかといった医療政策につなげたりすることができます。例えば一部の自治体では、がん登録の情報とがん検診の情報を突き合わせることで、がん検診の有効性を検証する試みがなされています。
収集した情報を様々な研究に活用するためには、情報を分かりやすく見やすくする必要があります。このページでは、神奈川県の最新のがん情報について記載すると共にがん統計について解説を行っています。

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(2019年 神奈川県地域がん登録より)

り患数とその割合(2019年診断症例)

順位 男性 り患数
1 前立腺 6,882
2 結腸 5,813
3 5,551
4 5,248
5 直腸 2,772
6 膀胱 2,183
7 食道 1,712
8 1,513
9 肝・肝内胆管 1,415
10 口腔・咽頭 1,131
11 その他 7,155
合計 41,375
順位 女性 り患数
1 乳房 7,919
2 結腸 4,256
3 子宮 3,133
4 2,648
5 2,358
6 直腸 1,496
7 1,377
8 皮膚 954
9 卵巣 926
10 甲状腺 698
11 その他 5,866
合計 31,631

令和2年の神奈川県地域がん登録で把握されたがんの患者さんは男性が41,374人、女性が31,631人でした。男性で最も多かったのは前立腺がんであり、次いで結腸、胃と続きます。女性は乳がんが最も多く、次に結腸、子宮の順となっています。概ね全国統計と同様の傾向がありますが、神奈川県では女性で肺がんや胃がんと比べて子宮がんの順位がやや高くなっているのが特徴です。子宮がんの中でも子宮頸がん(上皮内がんという超早期のがんを含む)は比較的若年からがんになるリスクが上昇するため、全国でも住民の平均年齢が若い神奈川県では(令和2年国勢調査)、他のがんと比較してがんにかかる人が多くなっている可能性があります。
上のグラフはがんにかかった患者さんの「絶対数」を表しています。「絶対数」は医療資源などを検討する上では重要な情報です。しかし、社会の高齢化により高齢者人口が増加すると、高齢者に多い病気であるがんも同じように増加することになり、単純集計上のり患率である「粗り患率」は上昇します。したがって、数字のうえではがんにかかる人が増えていても、そのままでは住民が本当にがんにり患しやすくなっているのか、高齢化による影響なのか区別できません。また、同様に高齢化の進んだ地域と比較的若年層の多い地域間での比較もできません(そのため「粗」という字を付けて呼んでいます)。このことから、一般には年齢構成を考慮して数値を調整し、年次比較や異なる人口構成の地域間の比較ができるようにした「年齢調整り患率」が用いられます。より詳しい内容にご興味のある方は、別ページ「がん統計で使用される用語と指標」をご参照ください。

年齢調整り患率の年次推移

(世界人口、人口10万人対)※横軸は西暦

上のグラフは「年齢調整り患率」(人口10万にあたりのがんにかかる人の数に年齢調整を加えたもの)を男女別に上から6位までのがんの種類別に表したものです。年齢調整することで、人口構成が違う年次の結果を比較することができます。一方、年齢調整のみによっては、医療の進歩で脳卒中などのがん以外の病気の死亡率が下がり、相対的にがんにかかる患者さんが増えることの影響は調整できない点に注意が必要です。
ここでは胃がん、肝がんが大きく減少しており、一方で、結腸・直腸がん、前立腺がん、乳がん、子宮がんが増加していることがわかります。それでは、そのような年代を経た状況の変化はどのようにして起こったと考えられているのでしょうか。

がんにかかった人の数の増減には様々な要因が考えられます。ここではいくつかの要因について簡単に取り上げます。

衛生環境の変化

ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)の感染者数が減ったことにより、胃がんにかかる人が減少したと考えられています。ピロリ菌の感染のほとんどは乳幼児期に起こり、上下水道が整備されていなかった時代は井戸水などから感染が起こっていたものが、現代では上下水道の整備により井戸水を直接飲む機会はほとんどなくなったため、胃がんの減少につながったとされています。現代の感染の多く(約80%)は飲料水ではなく、ピロリ菌に感染している家族から、家庭内で口にするものを介して起こっていると考えられています。

医療状況の変化

肝がんの主な原因となる肝炎ウイルスへの対策が進んだことで、肝がん(主に肝細胞がん)にかかる人が減少したと考えられています。献血された血液に肝炎ウイルスが混入していないか検査が徹底されるようになり、ウイルスに汚染された血液が輸血される危険はほぼなくなりました(未知の病原体がいる可能性が否定できないため「ほぼ」とされます)。
また、将来的な話にはなりますが、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の影響も今後がんり患率に大きな影響を与えると考えられています。ヒトパピローマウイルス(HPV)への感染が長期に持続することは子宮頸がんの原因として大きな割合を占め、ワクチン接種によりHPVの感染を防ぐと、多くの子宮頸がんと、がんに移行する前段階の状態を予防できることが知られています。日本国内では2009年より接種可能となりましたが、社会的に副作用に対する懸念が高まったことから接種率が非常に低い状態が続き、2022年4月になって再び接種勧奨が再開されました。現在はその間の世代が受ける不利益を少しでも緩和するため、キャッチアップ接種が行われています。一方、米国ではHPVワクチン接種が始まった最初の世代において、子宮頸がんの発生率が大幅に減少するなど、すでにその影響と思われる変化が報告されてきています。日本においても接種率の上昇とともに、今後同様の変化が起こるのではと注目されています。

ライフスタイルの変化

塩分を摂りすぎることは、高血圧、脳卒中などのリスクを高めるのみならず、胃がんのリスクにもなることが知られています。食生活の欧米化により、塩分摂取量が少なくなったことも、胃がんにかかる人が減少したことに関係していると考えられています。その一方で、赤身の肉や加工された肉の摂取量が増加したことで、逆に大腸がんにかかる人が増加したとも考えられています(平均的な日本人の摂取量で大腸がんのリスクがどの程度増加するかについては議論があります)。
喫煙は肺がんをはじめとして、さまざまながんのリスクとなることが知られています。喫煙率は特に男性で1965年ごろを皮切りに低下し続けています。肺がんでは、1995年ごろから年齢調整死亡率が低下し始め、年齢調整り患率も上昇のトレンドがほぼ横ばいの推移となっています。このように、喫煙率の低下が肺がんのり患率や死亡率にも影響を及ぼしていると考えられています。
女性を取り巻く環境の変化は乳がんの患者数の増加の原因の一つと考えられています。乳がんにはエストロゲンなどの女性ホルモンの影響で増殖が促進されるものがあります。近年の女性の社会進出に伴い、晩婚・非婚が増加したこと、出産機会の減少により女性ホルモンの分泌の変化が乳がんの患者数に影響していると考えられています。

がん検診の影響

乳がんのマンモグラフィを用いた乳がん検診や、前立腺がんのPSA検診(前立腺がんに特徴的な血液検査値を用いたがん検診)などの実施、受診率の上昇により、がん検診によって発見されるがんも増えています。
がんの中には、とてもゆっくりとした速度でしか成長しないものや、自然に縮んで消えてしまったりするものがあることがわかっています。通常これらのがんは症状も出ず、生涯発見されないままになります。このように、現在がんと診断されていない人の中にも、一定数、ほとんど無害ともいえるがんを持った人が存在します。これらのがんも、一度検診などによって発見され、がんと診断されると、がんり患数は見かけ上増加します。しかし、本当の意味でがんになる人が増えているわけではありません。このようなり患を「過剰診断」と言い、がん検診の方法や医師の診断能力とは関係なく一定数発生すると考えられています。一方、成長しやがて命を脅かすがんの場合、検診を行わなくともやがて症状をきたすため、見かけ上のがんり患数の増加は起こりません。

過剰診断の問題点は、統計的な側面だけではありません。がん検診で見つかったがんが、本来であれば生涯不利益をもたらさないがんであるか、成長しやがて命を脅かすがんかを見分ける確実な方法がないのです。そのため、一定の確率で本来は不要な手術や放射線、抗がん剤などによる治療を受けることになる人が発生し、治療それ自体や、合併症、副作用などによる不利益を被ることになります。このような不利益をなるべく減らすことができるよう、国立がん研究センターとがん予防・検診研究センターで発行する各種がん検診のガイドラインでは、科学的根拠をもとにこれらのリスクをうまくバランスできるようガイドラインが策定されています。また治療の基準に関しても、各学会がガイドラインを作成し、患者さんに与える不利益が最小となるように日々内容が改定されています。

年齢調整り患率と死亡率の年次推移

※横軸は西暦

上のグラフは、男女別に、全部位、胃がん、肺がん、乳がん、子宮がんについて、年齢調整されたり患率と死亡率の変化を年代ごとに区切って示したものです。いずれのがんも、り患率と死亡率の差は年々に広がっていることが分かります。り患率が大きく上昇しているがんにおいても、死亡率は同じようには上昇していません。がんになる人が増えているにも関わらず死亡者が減っていることは、医療の発展により生存率が改善し、がんになっても治癒または長期に生存する人が増えているといえます。

5年相対生存率(2016年診断症例)

黄:下位3がん種 青:上位3がん種

患者
種類
部位 ICD-10 5年相対生存率(%) 観察数(人)




全部位 C00-C96 67.8 73.5 31,566 22,984
口腔・咽頭 C00-C14 63.1 69.8 847 277
食道 C15 47 54.8 1,344 264
C16 67.9 66.4 4,754 2,009
結腸 C18 81.7 79 4,346 3,216
直腸 C19-C20 76.3 78.5 2,248 1,183
肝・肝内胆管 C22 40.2 37 1,171 519
胆のう・胆管 C23-C24 30 28.9 626 441
C25 13.2 15.2 1,135 911
喉頭 C32 83.3 74.7 282 32
C33-C34 34.5 52.4 3,945 1,908
C40-C41 53.1 84.6 26 23
皮膚 C43-C44 97.3 98.5 703 713
乳房 C50 86.9 92.4 28 6,117
子宮 C53-C55 78 1,574
(子宮頸) C53 75.8 624
(子宮体) C54 79.8 940
卵巣 C56 60.3 622
前立腺 C61 100.1 4,753
C64 82.4 77.2 672 272
膀胱 C67 86.1 79.9 1,706 459
C71 33.3 38.2 127 124
甲状腺 C73 93.9 95.1 223 491
白血病 C91-C95 52.5 57.3 360 254

がん統計では、患者さんの経過を示す資料として、主に「5年相対生存率」を用いています。
「生存率」はがん患者さんのり患後の経過や、標準治療(現時点で最も良いと考えられ実施が推奨されている治療)の有効性を考えるうえで重要な指標です。がん登録では同じ種類のがんや同じ病気の患者さんをひとつのグループとしてとらえ、一定の期間が経過した時点で生存している患者さんの割合を表します。例えば、「5年生存率が75%」といった場合、診断から5年後に生存していた患者さんがもとの人数の75%で、残りの25%の患者さんが亡くなられたことを示しています。

「生存率」でも、がん以外の病気や事故で死亡する確率を調整した「相対生存率」が用いられます。調整されていないそのままの「生存率」を用いた場合、高齢者の方が、がん以外の病気で亡くなられる可能性が高いため、高齢で発症しやすいがんや、高齢者の多い地域の「生存率」が過剰に低く見積もられる可能性があります。これを調整することにより、純粋にがんのみによる「生存率」を推定することができます。
上の表は2016年診断症例により実測された「5年相対生存率」を示しています。上位から3種のがんを黄色、下位から3種のがんを青の背景で表示しています。男女ともに膵がんの「5年相対生存率」が最も低く、がん治療の進歩ではいるものの、依然として根治や長期生存が難しいがんであることがわかります。

一方で前立腺がんや甲状腺がんの「5年相対生存率」高く、平均的にはゆるやかに進行し、長期にわたって症状が出ないものも多く見られます。そのため、がん検診を実施した場合には、一生涯にわたって症状が出ず、不利益をもたらさないがんを発見してしまう「過剰診断」が起こりやすいという問題を抱えています。

上のグラフは、男女別に、全部位、胃がん、肺がん、乳がん、子宮がんについて、年齢調整されたり患率と死亡率の変化を年代ごとに区切って示したものです。いずれのがんも、り患率と死亡率の差は年々に広がっていることが分かります。り患率が大きく上昇しているがんにおいても、死亡率は同じようには上昇していません。がんになる人が増えているにも関わらず死亡者が減っていることは、医療の発展により生存率が改善し、がんになっても治癒または長期に生存する人が増えているといえます。

がんにり患しやすい年齢(年齢によるり患率の推移)

男女とも40歳以降でがんにかかる人が増加する傾向にありますが、男性よりも女性の方がやや早い年代から増加がみられます。子宮がんは20歳後半、乳がんは30代前半から上昇がみられます。多くのがん検診は40歳以上を対象としているのに対し、子宮頸がん検診は20歳代から推奨されているのはこのためです。がん検診によりがんを早期発見することで生存率や死亡率の改善が期待されます。

一方で、がんにかかる人が非常に少ない年齢でのがん検診は偽陽性(本当はがんではないにもかかわらず検査でがんが疑われてしまうこと)や検診で発見されなければ症状も出ず命に関わらないがんを発見してしまう「過剰診断」が多くなり、本来であれば不要な身体的負担や精神的負担、過剰な医療費が生じやすくなるという問題もあります。がん検診の対象年齢はそのような点も踏まえて科学的根拠をもとに推奨が定められています。対象年齢が20歳からとなる子宮頸がん検診を除いては、必ずしもなるべく若いうちから受けておいた方が良い、ということではありません。

がんになっても元気に生きることのできる時代へ

高齢化の影響もあり、がんにかかる方は年々増えていますが、がんで亡くなる方は減ってきています。これにはがん医療の進歩による「生存率」の改善が影響していると考えられています。それに伴い、がんを根治させたり、根治できなくても長い経過でがんと付き合って過ごされる方が増えています。すると、そのような方がその後どのような経過を過ごされるのかが注目されるようになってきました。がんにかかった人が、がん以外のどのような病気にかかるのか、またどのような病気で亡くなるのか、追跡調査によりわかりつつあります。

上の図は神奈川県で2016年から2018年の間にがんにかかった方の、がん以外の死因をグラフにしたものです。がんにかかった方は、そうでない方よりも心血管疾患等による死亡のリスクが高くなることがわかっています。これには治療に用いられた薬剤や放射線などの影響が考えられており、現在はこのようなリスクを少しでも減らすべく、新たな治療開発が行われています。「とにかくがんが治れば良い」という時代は終わりつつあります。がんを克服した後もより健康に過ごすことができるよう、我々も日々研究を進めています。

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